ペアリーロード稲城商店街で約30年、はんこ屋を営んでいるのが内山大賀堂さんです。「今は住宅街になってしまいましたが、以前はこのあたりもにぎやかな商店街だったんですよ」と、店主の内山政男さんは話してくれました。ペアリーロードの歴史を、内山大賀堂の内山政男さんと稲城市で45年音楽教室の運営や楽器販売をされている株式会社タカハシ・ミュージック・プラザの高橋渡さんにお聞きしました。
60年ほど前に現在も経営している「つるや洋品店」、不動産屋の「芦川商事」、「遠藤電気店」と次々お店ができ、ペアリーロード稲城商店街の前身となる稲城中央商栄会ができました。大人気のパン屋さん、肉屋にはいつも行列ができていていました。
内山大賀堂さんのお店周辺にもお菓子屋、八百屋、寿司屋、金物屋、お茶屋、園芸屋、カメラ屋、床屋、日本そば屋、電器屋が軒を連ねていました。肉屋、魚屋など、生鮮食品を扱う店も多く、地元の人たちの生活と密接に結びつき、日常の生活必需品はほとんど手に入ったといいます。どのお店も大盛況でした。
当時商店街は市内に12あり、その中でも一番古くて大きい商店街が稲城中央商栄会でした。中でも3つの班に分かれていて、平成の最初頃は100軒ほどのお店が登録していました。1991年にはキリンのモニュメントが作られ、「ペアリーロード稲城商店街」と改名しました。
商店街の姿が少しずつ変わり始めたのは、大型店が出店してからです。1977年に忠実屋(現在のグルメシティ稲城店)ができる際は、商店街の店主たちが集まり、個人店が生き残るための話し合いをしていたといいます。けれど残念ながら時代の流れには抗えず、生鮮食品を扱う八百屋や魚屋が姿を消していきました。
現在は39軒のお店が登録しているペアリーロード稲城商店街。市内の商店街の中では登録店数は多い方だそう。稲城市内の商業活性化と空き店舗対策事業として、稲城市商店会連合会が主催するレンタルボックスショップ「あいiショップ」がオープンするなど、新しい施策も打ち出しています。
商店街の姿は変わりましたが、地域の人との温かな交流は変わりません。
中学生だった子が大人になったら、「いつか内山大賀堂さんではんこを作りたいなと思っていました」と訪れてくれるなど、うれしい思いをしたそうです。地域の人にとって商店街はいつもその場所にいてくれる存在。暮らしの中に溶け込み、長く愛され続けています。